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カテゴリー:コトノハ
自社で働いてくれている人たちを含め、
若者が「メーリス」だの「プロバメール」だのと言っているのを耳にすると、
何となく年を取ってしまった気がする、今日この頃。
( −.−)=3
言葉の略し方って、世代を感じさせてくれます。
もう何年も前からだけど、
「〜〜にくい」
ですむところを
「〜〜づらい」
と表現する人がとても増えていると感じてます。
なぜ困難なだけであるのに辛いと言うのでしょう…?
指摘、フィードバックをした時に、
「〜〜にくい」ではなく「〜〜づらい」と言われると、
(あなたにとってはそんなに精神的苦痛をともなうの!?)
と感じてしまいます。
「〜〜される」にくっついて使われるときは
気持ち悪さ・違和感がかなり増します。
『そんな事言っても、あなたのその気持ち悪さ・違和感は理解されづらいと思うよ。』
てな感じで……。
困難にチャレンジする気持ちが薄れてきているのか…、
客観的(?)な判断基準よりは、感情的/一人称的な表現で
同情するような感情を示すことが良いと感じられているのか……。
なんでこんなに氾濫するようになってしまったのでしょう…。
言葉ネタのみでエントリを埋めていっている気がする。
それはそれでアリだけど、
他にもいろいろエントリにしたいことがあるのに……。
時間が……。
閑話休題。
ここ数日で連続して目にしたので
取り上げておきたいものがある。
『ご教授を賜りたく』
ってヤツ。
どう考えても
『ご教示を賜りたく』
が正解。
「教示」って言葉を知らない人が
「キョウジ」を「キョウジュ」だと思って使い始めたのだろうか。
また、厄介なことに「キョウジュ」は「教授」は変換できてしまうので
意識が低いと間違ってるとは気づきにくい。
『教授』されたい人は、
きっと、めちゃくちゃ本格的に知りたいのだろう。(^^;
「フインキ」のような間違い方なら
変換もされず、間違いに気づけただろうに………。
初めて知った言葉は
辞書をひいて、意味を確認してから使うようにしたいものですな。